お姐さん制御装置

生きることを覚える

写真

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
写真

最初

記憶のまま少しだけフィクション入れて
忘れたら思い出せるように描いていきます。
スポンサーサイト
写真

本当に死んでやろうと思ったけどね。

3月末を機に同時に彼とバイトをやめた。
それでも会う約束はしていた。
映画だったりなんだり、ちょくちょくあっていた。
4月9日に結局付き合うことになった。
幸せだった、彼がとても綺麗に見えた。
名前を呼ばれるのが嬉しくて堪らなかった。


そんな楽しい日も二週間程で親父は帰ってきた。
最初こそ大人しいものの中身なんてそうそう変わるものではない。
私は親父の何もかもが気に入らなかった、母親はでもでもだってばかりしていた。
まぁ情というものだろう、母親に隠れて親父はコソコソ酒は飲むし煙草もやめていなかった。
当たり散らされる日々にある一つの疑問が私の中に浮かんでいた

「誰かが犠牲にならなければあの人達は理解しない、私が死ねば思い知るだろう。」

とても短絡的ではあったが、一番手っ取り早い事に思えた。
側に彼も居なければ学校もなく、死なずに守るものは彼位だったがそれすらどうでも良くなりつつあった。
泣くだろうなと思いつつも事情を深く知らない彼を巻き込む訳にはいかないと思っていた。

そしてとうとう我慢の限界を4月の19日に迎えた。
彼に連絡し、「海へ行く」とだけ伝えるつもりだった。
しつこく聞いてきたので場所だけ教えたら、ついて来るときかなかったので13時に来なかったら置いていくと伝えてその日は連絡を切った。
私にとって、そこで来なければ私は彼にとってそこまでの存在だと思っていた。

が、来た。

着いたと連絡が入った。
気絶するかと思った、まさか本気で迎えに来るとは思っても居なかったのだ。
結局、2人で海にいくことになった。
本当は入水自殺するつもりだった。
こんな世の中から消えてやると考えていた。

なのに、出来なかった。

海に着くまでの2時間の電車の中でいろいろ話した、全部ぶちまけた。
でも、涙は出なかった。

海に着いて靴と荷物を彼に預けて膝まで浸かって歩いた。
ここらでいいかと思って太もも位の深さまで歩いた。
視線を感じて振り返ると、なんとも情けない顔をした彼がいる。
悲しいような、おいていかれる子犬のような顔だった。

「こりゃ駄目だなー。」

ぼんやりと思った、自分が好いて好いて手に入れた彼を一人おいて逝ける気がしなかった。

「嘘だよ。」

口を突いて出た言葉はそれだった。
海岸に戻って、岩場で足を乾かして靴を履いた。
それに安心したのか、彼はボールで遊んでいた。
なんでもないことを話ながら、駅までの道にある珈琲屋に寄った。
珈琲屋なのにレモネードを2人で飲んでいた。久しぶりに素直に美味しいと思った。

駅は乗り換えが2回程あって途中はそこそこ大きな駅だった。
人の少ない帰りのホームで彼は私に聞いた。

「今日なんで海に来たの?」

今更かよとか思いつつも正直に答えた。

「死ぬためだよ。」

ふと、真顔になった彼にギョッとした。
何故かはわからなかった、続けて彼は聞いてくる。

「どうやったら死なない?」

そんなもの答えは無いに等しい、あの家に居る以上自分は死ぬか家畜レベルで生きていくかの2択だった。
それでも冗談交じりに答えた。

「誰かが貰ってくれたらね。」

心の何処かで期待した。
救ってくれると言うことを、助け出してくれるんだと。
そんなわけはないけれど。
期待するだけ馬鹿だということを私はよく知っていた。
だから、表面的に期待なんてしないふりをした、彼がそういうのを読み取れないことを知っていたからだ。

でも彼は私にこう言った。

「じゃあ、結婚して。
僕と生きて。」

こいつ本気で馬鹿だと思った。
こんな情けない、ややこしい女と生きたいだなんて。
しかし、顔から嘘じゃないことだけは伝わってくる、答えは一つだけだった。

「いいよ。」

この時彼は私の考えていることなど知らないだろう、死にたいと嘆く女を欲しいだなんて本気の馬鹿だと今でも思っている。
泣きそうだったが堪えた。

今言わないと忘れそうだなんて本気で馬鹿だ。

そんなことを言っている間に電車が来て、何事も無かったかのように乗った。
頭を駆け巡る言葉に喜びと複雑さが混じって何と無く痒かった。

幸せということが苦手な私にとっては信じられないことだった。

そんな私の幸せな日々にこそ、家での状況は悪化するのがうちの常である。
写真

決定打

簡単に言ってしまえば彼は寂しかったのだろう。


親父は暫く入院となった。見舞いにこいとも行っていたが行くわけが無い。
そんなことはどうでもよくここぞとばかりに遊んでいた。
彼も暫く安心だなと言って笑ってくれた。

随分前にLINEも交換し、ちょくちょく連絡を取っていた。
些細な内容だったが、彼からも発信があったりして楽しかった。
なんだかんだ相手してくれるのがとても嬉しかった。
彼女には悪いなと思ってもいたが、まぁ喧嘩しただの何だのでLINEがくれば乗って話していた。

親父がいなくなって夜勤になってしまった日
うちで飲もうかという話になって、飲むことになった。
昨日パックいっぱいにあった梅酒を思い出したが、家に着くとなぜか少なくなっていた。
まぁ、後から聞いた話母が大酒したらしかった。

申し訳なかったが一人コップ一杯分ぐらいしか無かったけれど飲んでいくことになった。
微妙に弱いらしく耳が赤かった。
かわいいなーと思いつつのんびり話していた
思想が近いのか話が途切れなかった
自室は妹が寝ていて音を立てるのは悪いと思って玄関で話し込んでいた
酔っているのかいないのか、いつもよりスキンシップが激しかった。

経緯はよく覚えていないが、気付いたらキスしていた。
たしか彼からだったと思うが、まぁ覚えてない。
正直な話

(あまりしたことがないのかな。)

というような感じだった。
たどたどしくてせわしない感じがした。
今ではそれを思い出して笑えるくらいには良い思い出だったりする。
そんなことしてれば健康な男子はそうなってしまうわけで、結局手コキとフェラまでしてしまった。
あんなに良さげな綺麗なアヘ顔男子を拝めるのはもう無いだろう。
そんなことまでしたが、私は人を信じることが苦手なせいか
彼にとって都合の良い慰めの道具なんだろうと思っていた。

次のバイトでも別に特段変わらず、私たちはいつもどおりだった。
これも変な感じだが、彼は割り切っているのだろうと思っていた。
そんな中バイトで店長に

「お前らいつになったらデキるんだ」

と聞かれた。
何の話やねんと思いながら仕事をしていたが
まぁ、口の軽い店長は広める広めるでいろんな社員にまで言われるようになった。

そんな中LINEしていたが、今度うちにもおいでといわれた。
そんなことがあったにもかかわらずお花畑の頭だった私は気にせず行くと答えた。
暫くして、バイトが終わって今日うちに来ないかと言われた。

行って彼のするゲームを見ていた。
ロボット系で見てもよくわからなかったが動きが素早くて面白かった
そんなこんなで長居していた
二人になればスキンシップが激しいのは変わらなかった
簡単に言えば抱かれた。
童貞だと聞いていたからなめていた節もある。
簡単に女に手は出さないだろうと思っていた。
あれよあれよという間にそんなことになり複雑な気持ちだった。

上手くは無かったが、扱いは優しかった
手が暖かくて、愛されているような気がした。
とても泣きそうになったが、我慢した。
慰めの道具にしては優しすぎた。
いっそ慰めの道具なら手荒く扱われるほうが私はよかった。
最中に私の名前を呼ばれたりもした。
彼女いるくせに、と思ってしまった。

そんなこんなで暫くして帰ったが、無性に嬉しくて眠れずに朝を迎えた。

それでもバイト先で彼は変わらなかった。
増えたことといえば帰りにキスするようになったことくらいだった。
写真

続き

ひょんなことで連絡を取り始めたその人は、昔と変わらず私を丁寧に扱った。
腫れ物や傷を触るのと同じように

そして話の流れで現状を話してしまった。
彼はひどく怒っていて、私を逃がすといって聞かなかった。
ただ、彼が言った一言でエネミーから目覚めた。

「好きなやつが居るんだろう?」

たった一言だったが、十分だった。
その時手に入れるというような考えこそ無かったものの、別れたいと思う脳味噌は正直なものだった。
そこからは個人的にこじれつつとんとん拍子だった。
別れたと彼に伝えたときは清々した。
約4年ぶりにきちんと片想いをした。

そして助け舟を出した彼からはある約束を条件をひとつだけつけて暫くその人のそばに居ることにした。
その人からの願いだった。

「片想いが実るようならそちらに行くこと」

だった、私の性格をわかってのその人の一言だろう。
俺の器に収まるようなお前じゃないとも言っていた。
だから私が彼に気付くようにシャンパン振り回していたのもこれといって聞いてくることはなかった。
時々「そいつは手強いなと」言って笑っていた。

落ち着いて向き合えるようになると家の状況が一気に悪化した。
納得のいく配属をしてもらえず嫌嫌と欝で仕事を休む親父
入ってこないどころか払わなければいけない税金分に家計は一気に火の車だった。
私たち姉妹は自分のバイト代で何とか生活していたものの弟は苦しかっただろう。

薬とアルコールのなんと邪悪な組み合わせだろうか、暴力・暴言はどんどんひどくなり
警察沙汰にもなった。
たくさんお世話になった。
それでも民事不介入といわんばかりにちゃんと助けてもらうことはできなかった。

その頃から夜中になると呼吸がおかしくなった。
7年溜め込んだストレスのせいか体にガタがきているのは確実だった。
動悸と眩暈がし、ひゅーひゅーと音を立てる喉の合間にずっと殺されるのではないかという恐怖の中
布団の中でずっと彼の名前を呼んでいたことをうっすらとだけ覚えている。

親父がとうとう隔離病棟に入ったときは「ざまぁみろ」と思った。
症状も一気に軽くなって少し気が楽な生活が続いた。
写真

それからしばらくのこと

なんだかんだバイト先が気にっていた。
友達も居るし夜遅くまで外に居られることが私にとって何より救いだった。
オープンしてしばらく忙しかったが、働けばお金が入る上に八つ当たりされなくてよくなったことが一番精神的な安定につながっていた。
例のゴリラは至って変わらなかったが、態度のせいか言葉遣いのせいか何故だか上層部の八つ当たりの的になっていた。
それでも私や彼と話すときは普通だったし、むしろ何で怒られたかわからないような口ぶりだったし正直な話私も理解できない内容で怒られていた。

それでもゴリラは彼との仕事のコンビネーションはすごく早かったし、ホールから見ていても楽しそうだった。
賄いのときは店長にまだ居たのかといわれるくらい3人で長い間しゃべっていたような気がする。
そんな楽しさの中で、学校とバイト以外の他の日常に苦しさを覚え始めていた。

要するにその頃の彼氏が原因だった。
そのときは好きだったが、そいつは私は自分のものと認識した途端に束縛が悪化していった。
何処かへ遊びに行くというの嫌そうな顔をされた。
それは女友達でもグループでも同じだった。
毎回喧嘩になるうえに怒鳴られることに極度に怯えや恐れを持っていた私にとっては十分なエネミーの材料になった。
そいつは私の外堀を固めるように私の友人と友人になろうとした。

私の行動を把握するためだった。
本人にその自覚があるかどうかは知らないが、それに気づいた友人たちは私に悪いと思い距離をとって居てくれていた。
ある友人には「喧嘩や怒鳴り声はお前にとってしんどいことだろうから、落ち着くまでは大人しくしておくのが良いんじゃないか」とまでいわれていた。
7年の積み重ねは大きかった。
エネミーに陥るには十分な要素を溜め込みすぎていたのだ。
洗脳のように何処かで実家に帰らなければならないのなら、何処かで我慢していたほうがマシだということを体が覚えていたせいかずぶずぶと飲み込まれていった。

相変わらずトントンとかぶるバイトの中で彼に彼女が居るとか居ないとかの話になった。
まぁ、ゴリラが私にポロリとこぼしたせいだったが、しばらくたって彼が
「○○へ彼女と行った」
とお土産を持ってきた。
ラブラブなんだなぁと思いつつ、何処かにうらやましいなぁ・欲しいと思う感情があった。
いけないことだと思いつつ友人関係を続けていたが毎日のように「喧嘩した。電話に出てくれない、約束破られた」などとずっと雲行きがあやしかった。
今まで私はそういうことがある友人には「相手に不自由な思いをさせるなら、させられるなら別れればいい」と言っていたので、彼にもそういうことを言っていた。
私は人のこと言える立場ではないとわかっていてだが。

その頃には正直好きだった。
しかしあくまでも人のものだから手は出したりしなかった。

ただ、相談に乗るだけ。それでよかった。
話せるならよかった。顔を見れたら癒された。
私の恋愛遍歴らしくないことをしていた。
逆に言えばそれだけ追い詰められて居たのだろう。
奪ったりせず、淡々と話を聞いているし私の話もしていた。
‘‘健全な友人‘‘それが私の望んだ立ち位置だった。

暫くしてゴリラがバイトを飛んだ。
まぁ、あれだけ上層部から馬鹿にされ八つ当たりされていれば懸命な判断だろう。
オープニング時の人間もだんだん減っていき、よく話していた人も減り
ますます二人でシフトがかぶるようになり、店長からもセットのような扱いを受けていた。

まぁ、外で幸せを受けると家でとんでもないものが待ち受けているのは私の定石で、散々な日々が続いた。
命にかかわるといっても過言ではないこともあった。
それでも死ぬ気にならなかったのは「ひどいなぁ」といいつつ話を聞いてくれる彼の存在が在ったからだろう。

私が当時のそいつと別れる決心をしたのもその頃だった。
人生で一番最初の彼氏が約束付で私に助け舟を出したのがきっかけだった。

プロフィール

高槻馨

Author:高槻馨
所在 大阪

思い出や記憶
    

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

カテゴリ

初音ミク 名曲メドレー



presented by 初音ミク オリジナル

みくろっく

かうんたー

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

ブロとも申請フォーム

QRコード

QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。